VOCALOIDパラレル と言うか、ロボットとマスターのお話
last-night good-night
この国に長く続いた戦争がもうすぐ終わる事となり、私のマスターが率いてきた砂漠の小さな砦も守る必要が無くなりました。
一足先に兵隊さんたちを帰還させて、私とマスターは残務処理をしておりました。
そんな時、突然雨が降り出しました。
砂漠に雨なんて、珍しいですね、マスター。それも黒い雨ですよ。
ナンダト! シュトニシンガタバクダンガ・・・
ゲイゲキシステムニイジョウ・・・ セカイニ・・・
モウ、トマラナイ
オロカナ・・・ ジンルイハ・・・・・・ホロビヲ・・・・・・
ガガッ・・・ザ、ザザ・・・・・・・・・・・
「おい! 返事をしてくれ! 世界は、どうなったんだ! おい、答えてくれ!!」
マスター、どうなさったんですか?
今の無線は、何だったんですか?
顔色が悪いです、今お茶をお持ちしますね。それとも何か甘いものでも。
うつむいていたマスターがぼんやりと見上げた空は真っくらに曇っていて、遠くに七色の光がいくつもいくつも瞬いては消えていきます。
風がびゅうびゅうと吹いていて、雨はまだ止みそうにありません。
22,894秒間無線機に話しかけていたマスターは、そのあと12,056秒何もせずに座っていました。
お食事はいかがですか。ベッドメイクも済ませています。そろそろお休みになりませんか?
やっと、私に話しかけてくれたマスターは、言いました。
「お前は、好きな所に行きなさい。・・・・・・この部屋に入っては、いけないよ」
お気に入りの大きなデスクチェアーに深く腰掛けたマスターは、くるりと私に背を向けてしまいました。
私は言いつけどおり、部屋から一歩外に出てマスターを見ていました。
マスター、私の好きなところは、マスターの傍なんです。ここに居てよろしいでしょうか?
黒い金属の塊をつかんだマスターの腕が上がり、頭に当てられました。
パーンと音がして、マスターが椅子に寄りかかりました。
寝てしまったんですか? マスター。そんな所でお休みになると、風邪をひいてしまいますよ。
椅子の下に赤い液体がどんどん零れて来ます。失礼して、掃除してもよろしいでしょうか?
マスター、部屋に入っても良いと、命令して下さい。マスター。
何度お呼びしても、マスターはこっちを向いて下さらない。
椅子の背もたれから少しだけ見えるマスターの髪と、たらされた右手に引っ掛かった黒い金属しか私には見えない。
マスターは、動かない。
お食事をお持ちいたしました。3分以内に返答が無い場合は、この食事は下げさせていただきます。
マスター、また、お召し上がりにならないのですか? 答えては、頂けないのでしょうか。
私はいつも通りマスターにお食事を運ぶ。朝、昼、晩と毎日。
トレイに載せて、部屋の入口まで。
でも、部屋の中には入れない。マスターが、入っても良いと言って下さらないから。
マスター、声を、聞かせて下さい。
マスターのお好きな歌を、歌いましょうか? それとも温かい紅茶をいかがですか?
マスター、一言で良いんです。言って下さいませんか?
2,324,336秒降り続いた黒い雨がやみ、328,267,469秒後に曇り空に日が差してきました。
けれどマスターは何も言ってはくれません。
私は毎日、お食事を運び、食べて頂けなかったそれを食料再生ポッドにかたします。
パラパラと砂の入ってくる寝室をお掃除して、シワの寄っていないシーツをベッドメイクします。
ずっとメンテナンスを受けていなかった左腕が落ちてしまったので、片手でするのは難しいです。
マスター、1,578,800,800秒間、人の命令を受けなかったロボットは、不用品であるとみなされてメモリー消去後に機能停止されます。
どうか、ご命令を。マスター、ここに来いと、言って下さい。
マスター、たった一言で良いんです。・・・・・・声を、聞かせて下さい。
私はあと600秒で機能停止します。
マスター、最期にマスターがお好きだった歌を歌いますね。
last-night good-nightを。
聴いて下さいますか。
歌う私に答えるように、マスターの白い小枝みたいな指がからりと音をたてました。
頷いてくれたように、椅子の背から覗く髪がコトリと見えなくなりました。
ありがとう、マスター。
さようなら。
おやすみなさい。
きれいなきれいな子守唄が消えたとき
その星に 話すものはなにもいなくなりました
世界を覆った灰色の砂は
その小さな砦の一室の
干からびた骨と 壊れたロボットも
やがて のみこんで いきました
あとにはただ灰色の砂だけが
どこまでもどこまでも続いておりました
イメージBGM VOCALOID KAITO
【ニコニコ動画】【KAITOカバー】Last Night, Good Night/初音ミク